50周年特別企画 Special 50th Anniversary Plans

明治大学政治経済学部教授  勝 悦子 先生

CIEE日本代表部開設50周年を記念し、CIEEが実施した「アメリカ夏期大学講座」(※1) に参加したご経験をおもちの明治大学副学長・政治経済学部教授 勝悦子先生にお話しをうかがいました。学生時代に参加した当時の思い出を振り返っていただくとともに、読者の皆様へのメッセージをいただきました。

学生時代に体験したアメリカで、多様な生き方の可能性を知った

「英語で学ぶ」原体験となったアメリカ・シアトルでの研修

―当時は情報収集の方法から今とは異なっていたと思いますが、どのようにしてCIEEのプログラムを見つけられたのでしょうか?

小学校時代の同級生のお姉さんがCIEEのプログラムに参加したことを、親同士の情報交換で母が知り、姉が先にCIEEのプログラムでアメリカに行きました。姉から「すごく良かった」という話を聞いたので、いくつかプログラムを探したところ、シアトルのプログラムが一番面白そうだったので決めました。また大学の同級生二人も参加しました。参加したのは大学3年生の夏休みです。当時は就職活動の時期が今よりも遅かったので3年生の夏はまだ時間がありました。

当時円も今ほど高くなく、物価も考えると費用は高かったと思います。体験を通していろいろなものを得られたことは親に感謝しなければいけないと思います。

―参加された研修とはどのようなプログラムだったのでしょうか?

2か月ほどの研修でしたね。まずサンフランシスコに入って、バスで北上し、オレゴンを経由してシアトルに入りました。ワシントン大学での約1か月の研修では、院生が面倒をみてくれました。院生たちとESL教師による英語の勉強の他に、専門の授業もとっていいということなので、サマースクールを自由に聴講しました。私は経済学部だったので経済学専攻の5~6人の仲間とマクロやミクロ経済学の授業を聴講しました。

―サマースクールを受講されたということは、既に高い英語力をお持ちだったのでしょうか?

在学していた慶應義塾大学にカナダ講座があり、英語でカナダのことを教えてもらえるクラスや2年生の自由研究で英語4技能の科目を受講していました。それが「英語で学ぶ」の原体験かもしれません。

経済学の基本は1、2年生の時に日本で勉強していたものと同じでしたし、専門用語は日本語よりも英語の方がわかりやすかったので聴講も楽しかったです。経済学そのものが元々アメリカで体系化されていますので、日本語に訳した用語よりも英語の用語の方がすんなり理解でき、日米の経済学の授業を相対化することもできました。

違いを体験することで物事を相対化して見られるようになる

―日本の授業と異なるものはありましたか?

プログラムで面白かったのは、主体的にテーマをみつけて、現地の方々3~4人にインタビューをして、それをペーパーにまとめ、プレゼンテーションをするという授業です。(※2)私はアメリカの女性の働き方をテーマにしました。

日本では、結婚すると家にはいることが主流でしたが、アメリカの女性は、自由な考え方を持ち、自立し子供を育てながら仕事をしていました。日本とアメリカの違いを実感して面白いなと思いました。

―生活面ではいかがだったでしょうか?

月曜日から金曜日は、ずっと勉強をしていて、結構厳しかったのですが、金曜日の夜は大学のどこかでダンスパーティなどの催しがあったり、週末は野球を観戦したりコンサートに行ったり、また院生のお家がピュージェット湾をフェリーで行った島の素晴らしい所にあり、皆が招待されてバスケットをしたりお父様がバーベキューをご馳走してくださいました。日本の大学でもいろいろ忙しかったのですが、アメリカほど勉強に集中するということがなかったので、日米の大学の違いもよくわかりました。帰国すると、日本の大学のつまらない面も感じてしまいましたが、そういったことも含めてアメリカの生活を体験できたことで物事を相対化できるようになったのが良かったと思います。

―2か月満喫しましたね

ええ、本当に満喫しました。その2か月で色々な意味で考え方が変わりました。

人との出会いそしてつながり

―緒に参加された方たちとは現在もつながりはありますか?

当時の友人たちとは今でもつながっています。20年の同窓会では、30人ほど集まりました。いわゆる「グローバル人材」の方々ばかりです。商社やメーカーに行かれた方は皆さん海外駐在経験がおありになるし、大学の教員になった方も4~5人います。そのうちの一人は最近衆議院議員にもなりました。夫君が国連職員でアフリカに滞在されていた方もいれば、母親になって娘を海外の大学に行かせた方もいます。そのような海外志向を持った人たちが集まったのか、たまたまそうなったのか、研修での経験がそうさせたのかはわかりませんが、今思うと相当な人材が集まっていたのだと思います。

現在私はフルブライト委員会の委員でもありますが、ある時、元フルブライトの事務局長だったサミュエル・シェパードさんを紹介され、「どこかで見たことがある方だな」と思ったら、なんと、シアトルでいろいろお世話をしてくれた大学院生や教授たちの中の1人であることが分かり、「世の中狭い」、と思いました。また、2年間ニューヨークで働いていた時にお会いした海外駐在の銀行員の方が、同時期にCIEEが、ワシントン大学で実施していた銀行員を対象としたプログラムの参加者だったと聞いて驚いたこともあります。

生き方にもいろいろな可能性があることを感じました

―参加して良かったと感じることは何でしょうか?

あの時代に、あの年齢でアメリカの大学や生活を体験したことはすごく重要だったと思います。自由なものの考え方を学び、生き方にも色々な可能性があることも感じました。当時は女性であれば大学を卒業して数年働き、結婚し、家に入り子どもを育てる、といったパターンが一般的でしたが、そうではなくいろいろな生き方ができるのではないかと考えるようになりました。

主体的な課題設定ができるプログラムを

―現在は学生を海外へ送り出すために大学内外で様々なプログラムがありますが、ご自身のご経験と現在のお立場からどのようなプログラムを望まれますか?

ただ単に海外に送り出す、あるいは英語を勉強するということだけでなく、自ら現地で主体的に学ぶプログラムであって欲しいと思います。明治大学の「スーパーグローバル大学創成支援」構想でもそうですが、自ら課題を設定し、自ら解決する力が現代社会では求められており、それに資するプログラムが望ましいと思います。20代のうちに海外に出るというのはもちろん重要だと思いますが、ただ海外を経験するだけではなく、「自分は何をしたいのか」、など自分を相対化できるきっかけとなるプログラムも必要だと思います。CIEEのプログラムに参加した時、最後に、自分で自由に設計できる1週間がありました。私はカリフォルニアで過ごしましたが、人によってはニューヨークへ行って怖いめにあった人もいれば、メジャーリーグが好きで、アメリカ国内のすべてのメジャーリーグを観戦しに行った方もいます。彼は、出版社に入りその後独立、そして野球の本を書くなどユニークなことをされています。ですから、そのような自由な時間も、学生の伸びしろを作るという意味で重要なことだと思います。

私の場合、現地の大学の授業を受けたり自分でヒアリングをしてベーパーを書いたりといった現地の大学と連携したプログラム内容であったことが大変良かったと思っています。そのような良いプログラムを作ることをCIEEさんには今後も期待したいと思います。

目の前のチャンスを受け入れる

―当時と比べて今の学生についてはどう思われますか?

内向きだと言われていますが、実は当時の学生と変わらないと思います。学生時代に海外に行っていろいろな経験をしたいと考えている学生は多いと思います。

―今の若者に伝えたいことはなんでしょうか?

いろいろな引き出しを増やすためにもぜひ海外への一歩を踏み出してほしいと思います。行ってみれば得られるものは必ずあります。物事を知るのにはもちろん読むことも重要なのですが、実際に行って経験するのとでは全く違うことに気付くと思います。違う文化に触れることは相対化できるということだと思います。

人生は長くはないので、チャンスがある時にそのチャンスをものにする方がいいと思います。そこで失敗しても常に次があるからです。

―どうもありがとうございました。

  • 勝 悦子 先生
  • 勝 悦子 先生

    慶應義塾大学経済学部卒業。(株)日本総合研究所、茨城大学人文学部社会科学科助教授などを経て、平成10年 明治大学政治経済学部助教授、平成15年同教授、平成20年明治大学副学長(国際交流担当)。

    財務省関税・外国為替審議会、厚生労働省労働政策審議会、文部科学省中央教育審議会委員などを歴任。 専門分野は国際金融論 日本経済論。国際経済学会、日本証券経済学会、日本金融学会などに所属。主な著書に、『新しい国際金融論-理論・歴史・現実-』(2011年、有斐閣)、『検証・金融危機と世界経済』(2010年、勁草書房) など。

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