50周年特別企画 Special 50th Anniversary Plans

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国際教養大学で学長を務められている鈴木典比古先生に、「グローバル人材の育成」、「海外体験の意義や意味」についてインタビューさせていただきました。

海外との出会い

国際教養大学 学長 鈴木典比古先生

―鈴木学長はインディアナ大学で経営博士を32歳で取られていますが、なぜ留学をしょうと思われたのでしょうか

留学のきっかけは具体的に話すと2つあるのですが、一つは一橋大学の大学院生の時に、指導教授が定年になり辞めてしまうということと、二つ目は当時の一橋大学では国際経済学や、経営学の分野の学生は、「とにかく、向こうでやっつけられるか、生き延びて学位を取ってくるか、とりあえず留学しろ。でも骨は拾わないぞ」ということで、海外に出て武者修行してくるということがありました。中には留学しない学生もいるのですが、周りの学生達が次々と飛び立っていく中で、脅迫観念みたいなものがありました。

私は国際開発センターという研究機関から、1年間の奨学金を貰うことになっていましたが、行く大学が決まっておらず困っておりました。そんな中、その年の6月頃にインディアナ大学から国際経営の教員が、多国籍企業研究会に出席するため来日をすることになりました。私の指導教授が「その教員にとにかく、直訴しなさい」と強く勧めてきたこともあり、その先生に「引き受けて欲しい」と直訴をしました。先生は困ったような顔をしていましたが、「明日、東京見物をするので、案内をしてくれないか」と言ってくれました。次の日、滞在しているホテルに行ったところ、「急遽アメリカに帰国しなければならなくなり、羽田空港までタクシーで私が買い込んだお土産を一緒に持ってきてくれ」と言われて、私もタクシーに同乗し空港に向かいました。その移動中にもう一度「とにかく入学させてくれ」と直訴しました。そのタクシーの中で先生は「何も約束はできない。だけれども帰ってアドミッションコミュニティを開いて検討する」と、言ってくださいました。ところが、6月が過ぎ、7月に入っても連絡がなかったのですが、8月4日に入学許可が突然届きました。そこには、8月20日までに大学へ来るようにと書いてありました。とても急な話ですが、すぐにアドミッションのコピーを持ってアメリカ大使館に行き、ビザを貰って8月中旬にはアメリカに飛び立ちました。

―その時点では英語力には自信がございましたか

まったくありませんでした。そこでTOEFLテストの準備のために、4か月間一生懸命勉強しました。点数は548。今でも点数を覚えているくらい強烈な印象で残っています。

―当時では平均よりも高い点数だと思いますが、TOEFLテストのためにどのような勉強をされたのでしょうか

43年も前の話になりますが、その頃は、TOEFLテスト専門のスクールなどもないので、独学でTOEFLテストの過去問を繰り返し行いました。また、TOEFLテスト対策のカセットテープもなかった時代ですので、図書館に行って英会話のカセットテープを毎日2時間聞くことを続けました。

英語の習得に関しては、先日の日本経済新聞の連載でも紹介いただきましたが、高校生の時に教科書の英語をほとんど暗記しました。だいたい英単語は1万語、文章は1,000題になります。英語の勉強というものは、その高校3年間しか勉強しておりません。しかも英語が難しいと言われる一橋大学を受験した時でさえ、英語の勉強はしませんでした。ですから、留学時の548というTOEFLテストの点数は、高校時代の英語力の話になるかと思います。そういった私自身の経験から、英語を習得するためにはどこかの時期に一定期間集中して、単語や文章の詰め込みをやる必要があると思います。「遊びながら英語を学ぶ」ということを言われたりもしますが、私にとってはとんでもない話で、英語はただ体力勝負で学ぶものだと思っています。

―留学をして考え方や生活などで変わられた点はありますか

留学して2年目に担当したティーチングアシスタント(以下、TA)の経験が後の考え方に大変影響しました。そこでの経験は、ものすごい苦労と恥ずかしい思いと失敗の連続でした。学部の1、2年生が受講する「経営学入門」という科目では、大きな教室で300人の学生を約20グループのディスカッションセクションに分けて行われていました。教授が授業で話した事柄をめぐってディスカッションを行うのですが、そのディスカッションリーダーにTAがなるわけです。その経験を通じて、ティーチングはインタラクティブな双方向の授業を行う上で、「教員の方から胸襟を開き、学生の中に飛び込んでいかなくてはいけない」と繰り返し教わり、学生の中に飛び込んで行ってクラスのマネジメントをするということを実践を通じて学びました。アメリカではビジネススクールに限ったことではありませんが、教員は教員評価で給与が決まっています。本学も教員評価で給与が決まっておりますが、アメリカではそれが徹底していることもあり「教える」という事に対して、「教えるためのトレーニングをしないで教員評価をするというのはフェアでない」という考え方があります。評価に対するフェアネスということからしても、ティーチングをちゃんと身に付けなければいけない、ということがあります。

―世界を変える、世界で「やっていける」人物とはどのような人材だと思いますか

やはり自分がしっかりしていて、自分をちゃんと持っている人がいいと思います。それが基本にあり、胸襟を開き、相手を理解しお互いの信頼に基づいて友達付き合いができる人物ということです。

読者へのメッセージ

国際教養大学 学長 鈴木典比古先生

社会人の方に対しては、以前、日米会話学院で10年間くらいビジネスのプログラムを作り自身も教えていた経験があるのですが、その当時に「とにかく一人で留学するのはもったいない」ということを、いつもメッセージとして伝えていました。やはり、留学というのは大変だけれども、基本はとても楽しいものです。だからそれを自分一人で経験するのはもったいないということを伝えました。年齢が60、70歳になって、「おじいちゃんが、おばあちゃんが留学した頃はね」と語る時に、理解してくれる人が側に居てくれた方がいいということがあると思うんです。

学生に向けてのメッセージも、同じように留学は苦労があるけれども楽しいことだということを伝えたいです。勇気を持って一歩を踏み出しても、留学生活では全くわからないことが出てきますが、それを恐れずに楽しむことで、自分のキャパシティーが広がっていきます。私の原則として「失敗は成功のもと」ということがあります。関数で表すと、S=f(F)。つまり、失敗しないと成功できませんよ、ということなんです。

―どうもありがとうございました。

  • 国際教養大学 学長 鈴木典比古先生
  • 鈴木 典比古 先生

    国際教養大学 学長

    1945年栃木県生まれ。一橋大学経済学修士課程。インディアナ大学経営大学院博士課程DBA(経営学博士)。ワシントン州立大学助教授・準教授、イリノイ大学助教授、国際基督教大学教授等を経て、2004~2012年まで国際基督教大学学長。大学基準協会専務理事を経て、現在、国際教養大学理事長・学長。

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