50周年特別企画 Special 50th Anniversary Plans

開成学園 開成中学校・開成高等学校校長 東京大学名誉教授/工学博士  柳沢 幸雄 先生

現在、開成学園 開成中学校・高等学校にて校長を務められている柳沢幸雄先生に、「海外体験の意義や意味」「グローバル人材の育成」についてインタビューさせていただきました。

海外との繋がり

―これまでのご経験の中で、留学や海外生活を通じて得られたものについてお聞かせください

70年代の後半から公害問題を研究するため大学院で博士号を取りましたが、留学の経験はなく教育全部を日本で受けてきました。当時の80年代の日本では、「公害問題を研究するのは儲けを減らすようなものだ」という風潮があり就職先が見つかりませんでした。それでも研究への想いは強くありまして、様々な国際会議で名刺と論文を配っていたところ、カルフォルニア工科大学とハーバード大学から声をかけていただき、最終的にはハーバード大学で教鞭を執ることになりました。ですから正確には留学したのではなく、アメリカに教えに行ったということです。

アメリカでの生活を経験してみて、日本は減点主義の社会でアメリカは加点主義の社会だということを非常に強く感じました。アメリカでは仕事のスタート時はみんな0点で、色々な実績を積むことでそれが点となっていきますが、逆に日本でのスタート時はみんな100点満点を持っていて、失敗をする度に「マイナス3」「ペケ一つ」というように、どんどん点が減っていきます。その社会構造の違いや人々の意識の違いが非常に新鮮で、私にとってアメリカでの生活は刺激に富んだ、楽しいものでした。

日本の若者がこれから世界を変える人材となるために必要なこと

―海外生活などを通じて身に付けた語学力はどのように活きてくるのでしょうか

やはり日本という国はものすごく居心地が良く、以心伝心があり礼儀作法が整っていて、こんな居心地の良い世界はないと思います。けれどもこの居心地の良さをよくよく考えてみると、それは日本語で通じる世界でしかありえないことです。加点主義の価値観の元で育った人と減点主義の価値観の元で育った人では、以心伝心ができません。今、世界人口が72億人いると言われています。その中で日本語が通じる世界は、1億2,700万人です。それは、世界人口のいったい何%かというと四捨五入してやっと2%いくか、いかないか。ということは、残りの98%は、100人いれば98人は違う文化で生きているということになります。そしてその世界は圧倒的に英語の世界です。したがって、英語を学ぶことによって、加点主義の社会と減点主義の社会の相違を乗り越えて、加点主義の世界との繋がりを作るということが非常に重要になります。

―インターネットが普及したことによって、海外との繋がりを断つ選択はより困難になってくると思います。これから海外を目指す人には、相違を乗り越える手段の一つとして日本のことを伝える必要性についてはいかがでしょうか。

世界人口の2%以下に共有できる我々が持っている文化を広めるためには、相手が理解できる言語で日本を表現する必要があります。それが英語です。そしてそれは、日本人が海外に出ていくということだけではなくて、日本に様々な国の人に来てもらうことも大事です。将来的に日本が目指さなくてはいけないのは、減点主義である日本文化は世界の中で異質なものであると、思われている状況からいかに早く脱却するかということになります。異質というのは伝わっていないということなので、例えば日本人らしさについて言語化して相手に伝えていかなければいけません。日本の中でもその努力をする必要があります。例えば、東京オリンピックの招致の際のキャッチフレーズとして「お・も・て・な・し」という言葉がありましたが、特別な意味が付与された日本語になり、あの言葉だけで日本の状況が世界に伝わりました。このように日本のサービスのイメージが言語によって伝われば、それは非常に重要なステップになります。

そのために、日本人は日本のことを知ることです。よく、日本人は「日本は小さな国だ」という言い方をしますが、オランダ人は「小さな国」という言い方はせず「狭い国」という言い方をします。つまり、「小さな」というと力の大小を感じさせますが、「狭い」というとあきらかに「領土が狭い」という事実を述べていることに過ぎません。日本の国土面積は狭いけれども人口は1億人以上、海洋面積は世界第6位です。人口1億以上の国は世界にいくつかありますが、その中で工業国として成功しているのはアメリカ、ロシア、中国と日本くらいです。そのように日本の世界の中での立ち位置をきちんと知ることが大事です。

また、日本人の能力を考えてみると職人芸と呼ばれるように、日本人は各部分の最適化は物凄く上手いですが、グランドデザインができない国民です。それは日本の街をみればわかります。ヨーロッパなどを見ると街全体として美しく、統一感に溢れています。街はそれぞれの国の能力を現しています。そこは日本人が良い悪いではなく特質です。どこかにいい点があるということは素晴らしいことだけれども、特質として、グランドデザインはできないということを自覚しなければいけません。

―TOEFLテストについてお考えをお聞かせください。

東大で教鞭を執っていた当時は、将来海外の大学を受けたいという学生には「TOEFLテストを受けなさい」と言っていました。その当時のTOEFLテストは、大学1年、2年で受けてそのまま海外の大学院の入試に使えたので、最初に英語を勉強させていて無駄にはならないわけです。また東大の大学院の入試にも使うようになりました。

大学院教育をしている側からすると、英語ができる、外国語ができる学生というのは、学問ができる学生であることの必要条件であり必須の資質といえます。外国語を学んで身に付けという過程は、学問を修める過程と本質的に同じですから、外国語の習得度は大学院教育の結果を予測する良い指標になります。ただし、英語ができるからといって全員が学問ができるわけでありません。

また、TOEFLテストやSATのように、何度でも受けられる試験ということがものすごく大事なことだと思います。高校生や大学生である受ける側の若者に自分のサイズを自覚させることができます。つまり一回の試験だったら、受験生が受けるか、受けないかという選択の余地はほとんどありません。何回も受けることができれば返ってきた点をみて、次を受けるか受けないかの判断は自分でしなければいけません。そうすると自己判断と外部的な判断の乖離が小さくなり、両者が一致するというところを自分で認めなくてはいけません。それは教育上ものすごく大きな影響があり効果があります。つまり自分の甲羅の大きさを知ることになるからです。

―リーダーシップを身に付けるためにどういった教育が必要でしょうか。

日本の中でもちゃんと言語化してお互いに了解できる関係の中で、子どもを育てるというのが非常に重要だと思います。私は、表現力を身に付けたリーダーシップがある子どもは十分に育っていると思っていますし、予備軍はたくさんいます。でもそれを日本社会の慣行が、発言する若者を受け入れてくれないのだと思います。リーダーシップがある有能な子どもたちは、状況をきちんと観察する能力に長けているので、今の日本の社会が求めていることにちゃんと自分を合わせていきます。例えば、「会議の場では、3年間は発言してはいけません」という風潮があったのならば、それに合わせて3年間は黙っているんです。そうするとその後も発言することが出来なくなる。3年間の間にまったく頭が鈍くなります。本校の卒業式でも「君たちは18歳の集団として世界一の能力を示している。私は本当にそう思っている。だけれども4年後にそうだとは決して思わない。」と話しています。つまり大学や社会の非常に強い同調圧力に合わせていくと、自分の意見を言わなくなり、自分の意見を自分の頭で形成していかなくなるので、優秀だった人材も、そのまま40代50代を迎える頃にはジョブマーケットで完全に競争力のない人材になっていくということです。そうならないためには、加点主義の社会でも生き残れるだけのスキルを常に磨いておく必要があります。

読者へのメッセージ

―今の若者に伝えたいことをお聞かせください。

非常に古い言い回しになりますが、「若い時の苦労は買ってでもせよ」ということです。それは必ず40代50代になった時に活きてきます。居心地の良い日本を離れて、自分一人で日常の身の回りのことを含めた生活を経験するのはとてもしんどいことです。しんどいけれどもそれをやることによって、自分の甲羅の大きさが非常に大きくなります。その大きさがどれだけ大きくなったかというのは40代になった時に感じることができます。自分の甲羅の大きさで生きていくんだということを強く自覚して、ならばどうやってそれを大きくできるのか、それを考えていってほしいと思います。その中で海外に出て仕事をすることは、非常に大きなプラスの要因になる。なぜならば、そのための準備も必要だし、海外で暮らすその中での色々な瞬間的な判断力を含めた生活力を養うことができるからです。その力を身に付けて国内に帰ってくる頃には必ずや今以上に、そういう経歴と考え方を持っている人が優遇されている社会に日本はなっています。ならざるを得ないからです。将来は日本においても海外経験がある人たちの活躍の場が十分あります。だから今の時期にそういう苦労をぜひ買って出てほしいと思います。

―どうもありがとうございました。

  • 柳沢 幸雄 先生
  • 柳沢 幸雄 先生

    現職
    学校法人開成学園・中学校・高等学校・校長

    1947年生まれ。1967年開成高校卒業、1971年東大工学部化学工学科を卒業。コンピュータ会社のシステムエンジニアとして3年間従事した後、東大大学院で大気汚染を研究し、博士号取得。東大助手を経て、1984年よりハーバード大学公衆衛生大学院に移り、研究員、助教授、准教授、併任教授として教育と研究に従事。また1993年より、財団法人地球環境産業技術研究機構の主席研究員を併任。1999年東京大学大学院・新領域創成科学研究科・環境システム学専攻・教授、2012年東京大学名誉教授、2011年より現職、主要なテーマとして、空気汚染と健康の関係に関する研究と教育に従事

    著書として、教えて! 校長先生 – 「開成×灘式」思春期男子を伸ばすコツ (中公新書ラクレ 、2014)、自信は「この瞬間」に生まれる(ダイアモンド社、2014)、エリートの条件(中経出版、2014)、ほめ力(主婦と生活社、2014)、世界を変える「20代」の育て方(大和書房、2013)、化学物質過敏症(柳沢幸雄、石川哲、宮田幹夫、文春新書、2002)、CO2ダブル(三五館、1997)、国際マベリックへの道、(西村肇、今北純一、柳沢幸雄、小川彰、高尾克樹、鈴木栄二、若槻壮市、ちくまライブラリー40、1990)

前のページへ

TOP